ペルシャのたび  2007/09

イラン基本情報 街の紹介 イランの街角あれこれ

テヘラン(飛行機)〜シラーズ(バス)〜ヤズド〜エスファハン(飛行機)〜テヘラン
国境を接する国
パキスタン・アフガニスタン・トルクメニスタン・アゼルバイジャン・トルコ・イラク
イランは「アーリア人の国」という意味だそうだ。BC3000年ころイラン高原にアーリア民族が移住して来たとき、エラム王国が栄えていたがアッシリアに滅ばされる。そのアッシリアを滅ぼしたのはイラン人のメディアという一派であった。もぅ一派は南部に定住するがこれがペルシャである。メディアはペルシャに滅ばされるのだ。やがてペルシャは東は西北インド、中央アジアのアムダリア川(ウズベキスタン)以北から、西はエジプト、エーゲ海に及ぶアケメネス王朝を築く。
その後、アレキサンダーに征服されたり、アラブの侵入によるイスラム化、トルコ・モンゴルの侵略による支配を経て、1500年にイランはサファビー朝のもとで統一される。また、この時代に現在にいたるシーア派との国民との密接な関係が構築されたとされる。近代のカジャール朝の時代に対ロシア・イギリスとの外交の失策から多くの国土を失う。近代西洋化を急ぎすぎたパフラヴィー朝は1979年イラン革命により転覆。現在にいたっている。

イランに入国する場合、女性は肌や髪スカーフ、体の線が見えない長袖の上着着用を義務付けられる。慣れるまでは、暑かったし、ずっと同じスタイルっていうのも、なんだか嫌なものだった。
旅先での衣裳ってあれを着て〜、これをつけて〜などかなり楽しみなことだったんだなぁと納得したものだった。
観光地は悪ずれしていなくて、しつこいモノ売りやものごい、など全くいないのだ。見学に専念できる。
人は写真が大好きで撮れ撮れといい、一緒に写したがる。顔立ちは男女とも美形が多かった。
公務員で¥50000/月ほどの収入だそうだ。高級住宅地も通ったけれど、山肌に張り付く家もあり、貧富の差は紛れもない。宗教的に「富める者は貧しいものに施せ」ということがあり、道路沿いに「喜捨箱」がたくさん設置されていて、この風景がイランらしいなぁと思った。
食べ物は羊肉がベースで、トマトもよくつかわれている煮込み料理が多かった。。主食はナンとお米。
ナンはピザのように厚いソフトタイプ、クリスピタイプなど種類が多かった。やはり、焼き立てがおいしいのだ。えびのケバブと魚のステーキが美味しかったなぁ。果物はスイカとメロンが甘くて最高だった。
きほん
イラン・イスラム共和国 
公用語:ペルシャ語
面積:約1648000km2 日本の約4.5倍
人口:約6860万人

気候:国土が広いので地方により異なる。行き先が決定したら調べた方がいい。
時差:−5時間30分
通貨:リアル(IR) 約¥130=10000IR
治安:良好 街歩き可能。
電圧:220V 周波数50Hz プラグはCタイプ(変圧器も使用)
水 :水道水は硬水で飲用可のところもあるようだ。ミネラルウォータが無難。
郵便:ハガキエアメール1000IR
休日:金曜日なので注意

syoukai
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テヘラン市内 ペルセポリス
テヘラン シラーズ

サーダバード宮殿
絨毯博物館
イラン考古学博物館
ガラス博物館
テヘラン市内

ペルセポリス
ナグシェロスタム
パサルガダエ
シラーズ市内
沈黙の塔 エマーム広場の夕暮れ
ヤズド エスファハーン1/エスファハーン2
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沈黙の塔
ゾロアスター教会
ヤズド市内

エマーム広場
 エマームモスク
 アリ・カプ宮殿
 シェイクロ・トフォラーモスク
 マスジェデ・ジャメモスク
チェヘルソトーン宮殿
アルメニア正教バンク教会
シェイキングミナレット
エスファハーン市内


イランの街角あれこれ
喜捨箱 郵便ポスト 禁断の看板 禁断の看板
ペルセポリスの落書き1899年 アケメネスのスニーカー

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